赤い点 (2008) DIRECTOR´S STATEMENT
赤い点 (2008) DIRECTOR´S STATEMENT
この実話が、私に当作品のインスピレーションを与えた。一瞬の事故により、運命が交差した2人の人物。一方は家族を失い、もう一方は、他者の命を奪ったという秘密を抱えこんだ。彼らはどのように運命と折り合いをつけ、その後の人生を歩むのか。2人の運命が、再び交差したとしたら…
現実とフィクションを織り交ぜた試行錯誤の末に、若い日本人女性亜紀、そして南ドイツの片田舎で秘密を抱えて生きるヨハネスとその息子エリアスの物語が生まれた。伯母夫婦の庇護のもとで成人した亜紀は、自身の過去を辿って地球の反対側へと旅立つ。そこで、互いに心を閉ざしたまま軋んだ家族生活を営むヨハネスとエリアス父子に出会う。かつての被害者と加害者が、彼らの運命を変えたその場所でもう1度出会った時、彼らはいかに過去と向き合い、それを乗り越えていくのか。
この物語の底辺には「沈黙」がある。登場人物は、心の奥底にある闇に言葉を与えないままそれぞれの日常を送っている。異国を旅する亜紀は、片言のドイツ語しか話せない。しかし、共有言語を持たないことは、より根源的なレベルでコミュニケートするチャンスでもある。何気ない仕草や視線、微笑み、そして体温が、文化の差や言葉を越えたより深い次元で人間を結びつける。
亜紀の旅は、外へ向うベクトルが自己の内側へとつながっていく。心の奥深くにある物語は、誰もが無意識の底に持つ普遍的な領域へと還元される。まるでメビウスの輪のような、そんな映画を私は作りたいと思う。
1998年春、私は通訳として、ある日本人女性の風変わりな旅に付き添った。彼女は、南ドイツを貫くロマンチック街道上のある地点に印をつけた地図を持参し、そこへ行きたいという。私達は、近郊のランズベルグ駅からタクシーに乗って、その地へと向かった。のどかな田園地帯の何の変哲もない道端にタクシーが止まると、そこには小さな石碑が建っていた。1987年10月、この地である日本人家族が自動車事故に巻き込まれ、死亡したのだった。
彼女の話によると、事故で亡くなったのは彼女の親戚で、若い両親と2才の子供が死亡し、6才の子供たった1人が生き残った。事故は、ある車の不注意運転により引き起こされたが、その車はそのまま逃走し、現在に至るまで見つかっていないとのことだった。